情報データ科学の「いま」がかわる!!プロのコトバ ~INTERVIEW~

デジタル化の波を乗りこなす保険業界のデータサイエンティスト

河野 信輝(カワノ ノブテル)さん

【会社名】 東京海上ホールディングス株式会社
【所属部署名・役職】 デジタル戦略部 アシスタントマネージャー
【入社年】 2018年
【略歴】

学生時代は理学部数学科を専攻し、修士課程(数理科学研究科)まで進む。

学部・院生時代の研究テーマは確率論。応用分野として、保険数理や数理ファイナンス、アクチュアリー(保険数理人)の勉強にも取り組んでいた。

大学院修了後、プログラミング未経験ながらウェブ系企業にエンジニアとして就職。ライブストリーミングサービスの Web エンジニア、および顧客行動データの分析などを3年間行う。その後、農業 IoT サービスを提供するスタートアップ企業に参画。データエンジニア、クラウドアーキテクトとして、クラウド上でビッグデータを処理するアーキテクチャの構築やアプリケーションの実装などを2年半ほど担う。

2018年からは東京海上ホールディングスのデータサイエンティストとして、社内の分析プロジェクトやデータサイエンス教育の運営などを行っている。

インタビュー
保険会社におけるDXの取組みについて

現在の仕事について

東京海上ホールディングスの紹介

東京海上には、国内の損害保険・生命保険事業、海外保険事業、アセットマネジメントを中心とした金融事業などを行う数多くのグループ会社があり、東京海上ホールディングスは、東京海上グループ全体の経営管理を行う保険持株会社です。

参考)https://www.tokiomarinehd.com/company/about/group.html

私が所属する「デジタル戦略部」は、業務プロセスや各種システムのデジタル化、デジタル技術を用いた新規事業・新システムの開発など、グループ全体のDX(Digital Transformation/デジタルトランスフォーメーション)を推進する部署です。

東京海上グループにおけるDXの取組みは多岐に渡りますが、わかりやすい例としてドライブエージェントパーソナル(DAP)を活用した「事故状況再現システム」を紹介します。DAPとは、自動車保険をご契約いただいたお客様に特約で提供している「通信機能付きのドライブレコーダーを活用したサービス」です。DAPでお客様に提供するドライブレコーダーには、映像を記録する機能だけでなく、事故の衝撃を検知した際に自動で事故受付センターに連絡する機能や、事故の映像を自動送信する機能がついています。「事故状況再現システム」は、このドライブレコーダーで取得した映像や端末の加速度センサー、GPSから得られた情報をもとに事故の状況をAIが解析することで、事故の状況を自動的に再現するシステムです。このシステムにより、お客様は事故の状況説明をする負担が大きく減りますし、当社は事故の形態、車両の損傷箇所、道路形態等に関する情報と、これらをもとにAIが自動判定した責任割合を速やかに確認できるようになるため、事故の迅速な解決とお客様への迅速な保険金のお支払いにつなげていくことが可能になっています。

参考)
https://www.tokiomarine-nichido.co.jp/service/auto/total-assist/shohin/dap.html
https://www.tokiomarine-nichido.co.jp/company/release/pdf/200317_01.pdf

こうしたシステム開発などの他、自動運転、ゲノムや先端医療、インシュアテック、フィンテックなどニュービジネスに関する最新情報の収集、新商品・新サービスの開発につながるマーケットリサーチ、国内外のスタートアップ探索などもデジタル戦略部のミッションです。

東京海上ホールディングスに入社した理由

学生時代に保険数理を学んでいたこともあり、もともと保険会社には興味がありました。ただ、学生時代にはIT業界がキラキラ輝いて見えたので、プログラミングの経験もないのにウェブ系企業に飛び込んだんです(笑)。

転職も経て、データエンジニアやクラウドアーキテクトなどの経験を積んでいたのですが、6~7年ほど前からAWS Summit や Cloudera WorldといったIT系の国際イベントに登壇する保険会社をよく目にするようになりました。海外ではテクノロジーと保険が融合した新しい商品や、インシュアテックと呼ばれる新しいビジネスモデルの先駆的な取組みが始まっており、「保険業界に地殻変動が起きる」などと話題になっていた頃です。保険業界にもデジタル化の波が押し寄せていることを目の当たりにする中で、「データサイエンスの知識やスキルを身につけたこのタイミングで保険会社にジョインするのも面白いんじゃないか」と感じ、東京海上ホールディングスへの入社を決めました。

現在の仕事と役割

先ほどもお話ししたように、私が所属するデジタル戦略部は、東京海上グループ全体のDXを推進する部署です。具体的な取組みとしては、サイバーセキュリティやシェアリングエコノミーといった新しいビジネスに対応した商品の開発、ドライブレコーダーを活用した高度な事故対応、事故防止支援、安全運転診断サービスの提供など多岐に渡り、基本的には個別のプロジェクトチームがそれぞれの取組みを推進しています。

ここでは、私が携わったプロジェクトの中から「音声マイニング技術を活用した通話内容分析AI」の開発について説明します。

お客様が自動車事故に遭遇した際、保険会社の損害サービス部門は「事故の詳細確認」や「責任割合に関する交渉」、「保険金支払いのための事務手続きの説明」など、お客様や事故の相手方への様々な対応を電話で行っており、事故対応に関わる通話内容はすべて細かくシステムに記録します。ただ、この通話記録は、あらかじめシステムに登録されている定型文から、電話で話した内容に沿うものを手動で選んで作成されるため、記録を作成する担当者によって内容にバラつきが生じていました。具体的には、「事故の状況を確認した」「示談交渉を開始した」「車両の修理工場が決まった」「車両が工場に入庫されたことを確認した」といった様々な内容の定型文を組み合わせて記録を作成するのですが、その組合せは数百通りにも上り、同じような対応を行ったとしても担当者によって作成された記録の内容には違いが出てしまうのです。

そこで私たちは、音声マイニングした通話データから、AIが適した定型文を自動で予測・提案するモデルを開発しました。技術的な部分を詳しくお話しすることはできませんが、自然言語解析や特徴量作りなど機械学習に直接関わる部分はもちろん、保険業務には専門用語が多いので、予測精度を高めるために辞書の細かい調整も行っています。

このモデルがシステム化されたことにより記録品質の向上・均質化が図れるだけでなく、電話を切った後に担当者が記録を作成する時間の大幅な削減にもつながっています。通話中にメモをとる負担もなくなりますので、担当者はお客様との会話に集中することができ、電話応対の質も向上していると思います。

参考)https://www.tokiomarine-nichido.co.jp/company/release/pdf/210421_01.pdf

データサイエンティストとしてこうしたプロジェクトに携わるほか、デジタル戦略部が行っているデータリテラシー向上のための社内研修やデータサイエンティスト育成事業の運営も担当しています。当社のデータサイエンティスト育成プログラム「Data Science Hill Climb」は、もともと社内向けにスタートしたものですが、2020年度からは社外からも受講生を受け入れるようになりました。DXへの意識が高い受講者同士の交流が活発化することで、アイディエーションの場になることも期待されています。

参考)
https://www.tokiomarinehd.com/release_topics/release/dhgn2a000000iuw7-att/190215_j.pdf

https://www.tokiomarinehd.com/release_topics/release/l6guv30000008k8p-att/200518_j.pdf
▼ 仕事に必要な知識・スキル

解析、線形代数、情報理論、確率論、統計などの数学的な知識のほか、Unix、Python、R、Git、環境構築やアプリケーション実装のために必要なコンピュータの操作などプログラミングに関わるスキルは必要です。機械学習やディープラーニングなどの各種手法の理解も必要ですし、IaaS、SaaSなど世の中にある様々なサービス、特にデータサイエンスに関わるサービスを理解することも大切でしょう。

こうした知識やスキルに加えて、新しいことへの好奇心や学び続ける姿勢が求められると思います。

▼ 仕事に対する考え(想いやこだわり)

IT の世界全体に言えることですが、データサイエンスの世界は「事前に入念に予測や計画を行えば、その通り実行するだけで成果が出せる」というものではありません。川上から川下に流れる滝のように、計画的にものごとを進める「ウォーターフォール」という従来型の手法に対して、近年は臨機応変に状況に応じて素早く対応していく「アジャイル」という手法が注目されています。

現実をありのままに感じ取り、素早く柔軟に変化しながら適応し続けるのは容易なことではありませんが、この世界観で目の前の問題に臨めているかは常に気にするようにしています。

情報データ科学部生にオススメする学びとは?

基本的に皆さんはキャリアを通じて、変化し続ける状況の中で常に知らないことに直面し、新しい技術や知識を取り入れ続ける必要があると思います。そのため、新しいことを学ぶ能力自体を鍛えていくことが役に立つと思います。この学ぶ能力の中には、興味を持つこと、何をいつ学ぶか判断することも含まれますし、教科書があるようなすでに体系化されている知識は素早く吸収することが求められます。

IT業界は常に進化し続けていますので、「今これを学んでおけば良い」というはっきりしたものはありません。大切なのは、興味を持った分野を効率的に学ぶ方法を追求し、戦略的に知識・スキルを修得していくことではないでしょうか。

私の場合、学生時代にコンピューターサイエンスを専門に学んだわけではないので、社会に出てから必要に迫られ、自分で学ぶことも多くありました。その経験から言うと、学生時代には、基礎数学や情報基盤の特に必修になっているようなカリキュラムについては、理論的な理解や基礎の習熟に重点を置くとよいと思います。例えばコーディングをする際、「値渡しや参照渡しがよくわかっていない」「可読性のあるコードが書けない」というようでは、ただ動くだけの実用に耐えないプログラムになってしまいます。こうした知識はプログラミングの授業で基本中の基本として教わることですが、社会人になってから基礎や理論を学ぶ機会はなかなか得られません。

また、実際に仕事をしていると新しい知識やスキルを素早く吸収しなければならない場面にたくさん直面しますが、基礎的な部分がしっかりしていないと、基礎から補うことになるため必要以上の時間がかかってしまいます。これは一緒に仕事をする仲間の負担にもつながりますから、必要な時に必要なものをスムーズに身に付けるためにも、土台となる基礎を固めておくことが大切だと思います。


データサイエンティストの世界では、現状確立したキャリアパスはあまりないかもしれません。当社でも、データサイエンティストなどの専門人材がより一層活躍できるような環境づくりを日々進めているところです。求められるスキルや取り巻く環境は高速で変わっていくため、不安に感じる方も多いかと思いますが、その分新しい世界を真っ先に味わえる楽しみがあります。

また、 Kaggle のようなコンペや、PyData といった技術コミュニティも多く、キャリアを通じて身に着けたハードスキルは業界や国が変わっても通用するものです。他の業界に比べれば世界の中で個人のプレゼンスを上げることは難しくありません。皆さんがご自身で学んだことがキャリアになっていくことは間違いないと思いますので、ぜひ楽しんで学んでいってください。

最後に、皆さんからすると保険会社にはあまりデータサイエンスのイメージがないかもしれませんが、顧客は多くの業種にまたがっているため、データの種類や適応領域も多岐にわたり、日々データサイエンスを駆使してDXを実践しています。もしご興味があれば我々の業界ものぞいてみてもらえると嬉しいです。

(インタビュー日:2022年1月31日)