情報データ科学の「いま」がかわる!!プロのコトバ ~INTERVIEW~

データ活用の好循環を生み出すDSコンサルタント

徐 慧娟(ジョ ケイケン)さん

【会社名】 中外製薬株式会社
【所属部署名・役職】 デジタル戦略推進部 データサイエンスグループ・シニアデジタルコンサルタント
【入社年】 2020年
【略歴】

学生時代は、情報学部で経営情報分野を専攻。大学卒業後に来日し、MBA(ファイナンス専攻)を取得する。大学やMBAでは、投資家心理や株式市場における情報の不平等によって生じるオーバーリアクションに関する研究を行っていた。

2013年、大手通信会社に就職し、営業実績集計やレポーティングの自動化に携わる。

2017年、大手システムインテグレーター企業のコンサルティング部門に転職。データサイエンスコンサルタントとして、製薬、自動車メーカー、金融、飲食など幅広い業界のクライアントに対し、部品異常予兆検知、営業ターゲティング、人事採用効率化といった様々な領域のコンサルティング業務を担当した。

2020年2月から7月までは外資系製薬企業に在籍し、データエンジニアとして自動化データ処理パイプラインの構築を担う。

2020年8月、中外製薬に入社。デジタル戦略推進部のデータサイエンスグループに配属され、AIコーディネーターや分析プロジェクトのプロジェクトマネージャーを務めるとともに、データサイエンスリテラシー向上にも取り組む。

〈主な業務経験〉

AIコーディネーター:社内各部署における分析活用ニーズの探索・活用相談。そこから具体的なデータ分析業務へとつなげ、社内データサイエンティストの活躍を引き出す。

プロジェクトマネージャー:データサイエンスグループ内のコンサルチームをリードし、分析案件の創出、分析プロジェクトのマネジメント、分析結果のビジネス活用推進、AI関連コンサルサービスの提供、分析成功事例の創出を行う。

データサイエンスリテラシー向上担当:データサイエンス系の勉強会・イベントの主催に注力する。

パートナーシップの構築:グループ会社や、社外技術者との共同作業の経験をきっかけに、グループ会社や社外パートナー企業と友好的な関係を築き、中外の社内分析案件に参画してもらう体制を整える。また、国内外のパートナー企業の得意分野を把握し、より幅広く・迅速に分析案件に対応できる仕組みを構築する。

インタビュー
バリューチェーンを横断したDS活用について

現在の仕事について

中外製薬の紹介

中外製薬株式会社(Chugai Pharmaceutical Co., Ltd.)は、日本を拠点としたグローバルな製薬企業で、医薬品の研究開発、製造、販売を行っています。当社はロシュ・グループ(スイスに本社を置く世界有数のバイオテックカンパニー)の一員であり、抗体エンジニアリング技術をはじめとする独自の創薬技術基盤を強みとし、アンメットメディカルニーズを満たす革新的な医薬品の創製に取り組んでいます。

デジタル戦略に関しては、2030年を見据えた「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を掲げ、3つの基本戦略によって自らのビジネスを変⾰し、社会を変えるヘルスケアソリューションの提供を目指しています。基本戦略の1つ目「デジタル基盤の強化」では、社内の各種データの統合や解析基盤構築を通じてグローバル水準のIT基盤の確立を目指しています。さらに、デジタル人財の採用や育成を積極的に進めるとともに、社員の自由な発想やチャレンジを形にする仕組みを設け、新しい価値創出の基盤を確立しています。2つ目の「すべてのバリューチェーン効率化」では、AIやロボティクス、AR/VR等のデジタル技術を活用し、各部門・各機能のプロセスの大幅な効率化を目指しています。また、デジタルを活用した高度な情報提供やコミュニケーションを促進し、患者さん・医療関係者の皆さまの治療支援に貢献しています。3つ目の「デジタルを活用した革新的な新薬創出」では、AIを活用した新薬創出、デジタルバイオマーカーへの取組み、リアルワールドデータの利活用といった取組みを軸に、中外製薬にしかできない真の個別化医療を⽬指しています。

参考)https://www.chugai-pharm.co.jp/profile/digital/index.html

中外製薬に入社した理由

この業界に足を踏み入れたのは、前職でデータサイエンスコンサルタントとして様々な業界の案件に携わった中で、製薬業界の案件が最も興味深く、やりがいを感じられたからです。また、私にはヘルスケア関連業界で働いている家族がいることもあり、子どもの頃からこの分野には深い興味を持っていました。学生時代には父をがんで亡くしており、その際に抱いた「不治の病に苦しむ患者さんの苦痛を和らげたい」という想いも強く残っています。

心のどこかで「いずれIT業界から離れてヘルスケア業界に転職しよう」と決意していた中、コンサルタントとして幸運にも中外製薬の案件を担当する機会がありました。AIに対してまだ多くの人が懐疑的だった当時、中外製薬では各部署がAI技術を積極的に業務に活用しようとしており、その姿勢に感銘を受けました。特に、デジタル戦略推進部のデータサイエンスグループは、創薬から臨床、生産、物流、販売などの全バリューチェーンにわたる幅広いデータを取り扱うことができるため、自分の強みを十分に発揮できると感じました。こうした革新に対して積極的な社風に加え、中外製薬の社員の方々と一緒に仕事をすることが非常に楽しかったことも、転職を決めた大きな理由です。中外製薬でデータサイエンティストを募集していると聞いた際には、迷わず応募しました。

現在の仕事と役割

▼ 仕事

私が所属しているデジタル戦略推進部は、会社全体のデジタル戦略の策定と実行を担当しており、下記5つの面から中外製薬のビジネス成長や競争力向上に貢献しています。

1)デジタル戦略の策定: 企業のビジョンや目標に沿ったデジタル戦略を策定し、経営陣や各部門と連携してその実現に取り組みます。

2)デジタル技術の活用: AI、IoT、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなどの最新技術を活用し、企業の業務効率化やイノベーション創出に貢献します。

3)デジタル変革の推進: 社内外のデジタル環境の変化に対応し、組織や業務プロセスのデジタル化を推進します。これには、業務の自動化やデータ活用の促進、新たなデジタルサービスの開発などが含まれます。

4)デジタル人材の育成: 中外デジタルアカデミーという取組みを通して、社員のデジタルスキルを向上させるための研修や教育プログラムを提供し、デジタル人材の育成に取り組みます。

5)パートナーシップの構築: 外部の技術提供者やスタートアップ企業と連携し、共同でデジタルプロジェクトを推進することで、イノベーション創出を促進します。

▼ 役割

私の具体的な仕事内容については、「分析コンサルタント」「分析案件プロジェクトマネージャー」「データサイエンスリテラシー向上の担当者」という3つの役割に大別して説明します。

1つ目の分析コンサルタントは、社内のデータドリブンカルチャーを醸成するために、データ活用の浸透を促し、経営層から現場までデータドリブンな意思決定が習慣化されることを目指す仕事です。具体的には、まず社内各部署での分析活用ニーズを探索し、活用相談を行います。そのうえで、社内外の分析リソース・導入済みの分析ツール・技術を持つ適切なAIベンダーと社内外のビジネス要件をマッチさせます。同時に、社内各部門で継続的な分析の価値提供を実現するため、分析戦略を立てることによって、データ活用の良いサイクルを生み出します。

2つ目の分析案件プロジェクトマネージャーとしては、探索的な分析から分析結果の実装まで、ビジネスに分析サービス・分析関連のソリューションを提供し、正確で説明可能なアウトプットをビジネス部門に提供します。具体的には、分析案件の成功を目的とした分析計画の立案、進捗管理、ボトルネックの解消、分析結果の評価などを担当し、すべてのプロジェクト活動がビジネス部門の目標・ニーズ・要求に合わせ、効率的に活用されやすい分析結果が得られるように推進し、ビジネス活用までサポートします。

これら分析コンサルタントとプロジェクトマネージャーという2つの仕事の割合は、会社の状況によって変化しています。当初はコンサルタントとして様々なデータ活用案件を提案・創出する仕事が中心でしたが、実際に案件が動き出してからはプロジェクトマネージャーとして案件の推進を担うことが増えました。こうしてデータ活用による業務効率化などの成功事例が積み上がってきた現在では、分析コンサルタントとして各事例のビジネス効果を評価し、より良い結果を目指してまた新たな案件の創出に関わる機会が増えています。これらの案件が動き出せば、またプロジェクトマネージャーとしての仕事が増えてくるのではないでしょうか。

最後に、3つ目の社内データサイエンスリテラシー向上の担当者としては、様々な取組みを通じて、社内のデータサイエンス領域を活性化し、社内のデータサイエンスリテラシー向上を牽引しています。具体的には、データサイエンス関連のイベントや勉強会の開催、ナレッジ共有のためのデータサイエンス系のサイト構築、事例紹介などを通じて、データサイエンス領域の知識の普及と社内ノウハウの共有を促進しています。

ちなみに、製薬業界でのデータサイエンス活用というと、創薬領域ばかりが思い浮かぶかもしれません。確かに、試験管内(in vitro)の試験データから薬の溶解性や安定性を分析するだけでなく、病理画像やMRI画像等の解析による薬効・安全性の評価など、創薬領域におけるAIの活用は非常に盛んです。ただ、データサイエンスの活用ニーズはバリューチェーン全般に及びます。生産ラインや物流の効率化、広告やマーケティング、営業活動の最適化などはもちろん、生成AIを活用した文書作成の効率化なども考えられます。私たちデジタル戦略推進部・データサイエンスグループは部署横断的な組織であり、全バリューチェーンにおいて分析ニーズの発掘や技術マッチングを行い、各種の分析案件プロジェクトを推進しています。

参考)https://note.chugai-pharm.co.jp/

▼ 仕事に必要な知識・スキル

自分の仕事に必要な知識・スキルはかなり幅広いですが、不可欠なのは以下3つの分野だと考えています。

1)機械学習、統計学などの知識:各部門の課題に合わせて分析方針を立案し、解析結果を相手にわかりやすく説明するために、機械学習や統計学の知識が必要です。また、基本的に分析担当者と一緒に仕事をし、分析内容に関する議論をするため、分析関連の基本知識は不可欠です。

2)ロジカルシンキング:各部門の問題解決に向けて提案する際には、ロジカルシンキングが必要なスキルです。論理的な思考力で現状を整理し、論理的な根拠に基づいて最適な技術、合理的な解決策を導き出します。

3)コミュニケーション能力:幅広い部門においてヒアリングや情報共有、結果報告等を行うため、高いコミュニケーション能力が必要です。また、プロジェクトが進行する中で、チームメンバー・分析技術者・外部企業と円滑な協力関係を築くのも不可欠なスキルです。

▼ 仕事に対する考え(想いやこだわり)

各部門の課題をヒアリングしたうえで状況を整理し、「根本的な問題はどこか? 利用できるリソースは何か? どのようなプロセスが必要なのか? 体制は? スケジュールは? リスクは?」などを考え、最終的に提案書をまとめる――、こうした一連の思考のプロセスが好きなので、楽しんで仕事をしています。そして、自分から提案したソリューションがうまく機能し、分析の結果がビジネス・現場に適用・活用され、課題を解決できたことが担当者から共有され感謝されたときに、一番やりがいを感じます。

情報データ科学部学生にむけて

まず、技術面において必要とされるスキルは以下のとおりだと考えています。

・数学、分析、統計、AI関連:これらの知識は技術の基礎となり、データ解析やモデル構築に欠かせません。

・プログラミング:PythonやRなどの解析用言語を使いこなすことは、自ら手を動かして解析を行う際に必要です。

そのほか、コンサルティングの仕事で必要と考えられるスキルは以下のとおりです。

・英語:グローバル競争力を強化するためには、英語が不可欠です。論文や記事を読むだけでなく、海外企業とのやり取りも英語で行われることが多いため、英語力がないと世界が狭くなります。

・ロジカルシンキング:問題解決がコンサルタントの主な仕事であり、効果的な解決策を見つけ出すためにロジカルシンキングが不可欠です。

・コミュニケーション力:社内データサイエンスエリアの活性化のためには、複数部門と協力して仕事を進めることが基本であり、複数の部門と円滑な協力関係を築くためには、コミュニケーション力が必須です。また、社内外との信頼関係構築も重要であり、高いコミュニケーション力を持つリーダーは目的達成に向けてチームを導くことができます。

また、学生のうちに資格を取得しておくこともお勧めします。例えば就職活動の際、自分のスキルについて面接官に言葉で説明するのは大変ですが、統計検定1級を持っていたり、kaggleのマスター・グランドマスターになっていたりすれば、シンプルにスキルの高さが伝わります。肩書きがたくさんあれば良いというわけではありませんので、自分の専門領域に関する資格と、言語系の資格を取得しておくのが良いでしょう。特に技術系の会社ではkaggleの実績をよく見ますので、技術開発系を目指す方はぜひチャレンジしてみてください。

学生へのメッセージ

ヘルスケア業界ではデータサイエンスの活用が進んでおり、中外製薬もデータサイエンス領域での取組みを積極的に進めています。例として、創薬領域でのAI技術活用が挙げられます。病理画像解析を通じて、病変部の状態を評価し、患者に対して薬が効きやすいか効きにくいかを判断できます。これにより、どの患者集団に対して薬が有効かを効率的に特定できます。また、センサーデータ解析によるデジタルバイオマーカーの開発と活用にも取り組んでいます。ウェアラブルデバイスに搭載されたセンサーを通じて、患者さんから収集した体温や心拍数などのデータをAI技術で解析し、患者さんの痛みや疲れなどの状態を推定できる評価指標(デジタルバイオマーカー)を開発しています。これにより、患者さんは自宅で継続的にモニタリングされ、医師が患者さんの状態の変化をより客観的に把握し、適切な診断や対応が可能となります。これらの診断手法は、従来の侵襲的な手法に比べ患者さんの負担が軽減され、QOL向上にも大きく寄与しています。

中外製薬にはデジタル戦略推進部やデータサイエンスグループなどの横断的なデータサイエンス組織が存在し、バリューチェーン横断的に分析ニーズの発掘や技術マッチングを通じてプロジェクトを推進しています。これにより、他社に比べて多様なキャリアパスが存在します。

データサイエンスは非常に刺激的で、日々進化し続ける分野です。皆さんがこれまでに学んだ知識やスキルを活かし、私たちと一緒に革新的な医薬品やサービスを創り出し、患者さんに新しい希望を届けませんか?

どんな病気でも治療できる薬、あるいは病気が存在しない世界を目指し、私たちの創造力と情熱で現実にしていきましょう。すべての患者さんのために、あなたの力を貸してください。共に想像を超えた未来を創造し、世界中の人々の健康と幸せに貢献しましょう。

(インタビュー日:2023年11月24日)